世界の終わり
という、題で日記風につれづれに書いてみたい。
でも、いつ何処で世界は終わるのだろう。どういう風に。
そして、誰がそれを確認するのだろう。
異星人か?
でももし、本当に世界が終わったら、異星人とて存在しないはずだ。
広島に原爆が落ちた時、あるいは神戸に大地震がやってきた時、
人々は「あぁ、世界が終わった」と思ったか?
はたまた、人に死がまさに訪れるとき、「世界の終わりだ」と感じるの
だろうか?
私にはわからない。もちろん・・・・。
さて。
(おことわり)
村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を読んでいない方には、この一連の
文章は非常に奇異に思われるだろうが、そこのところは、ご了承願いたい。
1998年8月13日
今日も私は疲労感を背負っている。だるい。
睡眠不足。それもあろう。
薬の副作用。それもあろう。
生まれつきの虚弱な体質。それもあろう。
いずれにしても、私は冷房の効いた自室から出ようとしない。
たまに、家の中を歩いたとしても外へは出ないだろう。
そう言えば、今日は私の誕生日だというのに。
寝転がってばかりいるのが、趣味というわけでもないが。
テレビは好きじゃない。FMラジオもろくに聞かないのです。
これから文化放送でも聞くか?もちろん、寝ながら。
13時前。
1998年8月14日
今日も私は、1日に約30錠の薬と、ホットのブラックコーヒーを10杯
位、そしてキャスターマイルド1箱をあける。
さすがに、抗精神薬のほかにカルビスケンという心臓の薬も処方
されている。
2週に1度だけ、主治医のもとへ薬をもらいにタクシーで通っている。
一時はあんまりだるいので、肝臓の薬も飲んでいたのだが、M病院に
入院する時、院長のS医師が「これもいらねぇな」と言って、処方から
はずした。実際、その前のH病院での超音波検査でも特に異常はない
とのことだった。
よく言われることだが、何の病気でもできれば薬は少ないほうがいい。
やはり、どんな薬でも副作用はあるし、それに長期間飲んでいると、体に
「耐性」がついてしまうようだ。
8月6日は、H病院での病友だったA.Hさんの命日だった。彼女は広島で
自殺した。享年26歳。
1998年8月15日
今日、墓参りに行って来た母が、私のいとこに当たる人に関して、下らないことを(まぁ母は笑い
話として私に語ったのだが)言うもんで、こんなことを書いてみる。
人間というのは、ほとんどの人が歳を重ねるにつれ、いわば封建的な考え方をするようになり、また
ごくまれな人は、魂の解放に向かって成長してゆくものだ。
例えば、人が死ぬとたいていの人は嘆き、悲しむ。
そして、どういう風に葬式をしたとか、線香をあげなかったからとか、いい歳をしたご老体が、
若者や子供をたしなめたりする。
誰それは来たとか、あいつは顔も出さないとか。
あるいは、香典の勘定に明け暮れるバカっ面。
あそこの家は、香典返しもよこさない。などなど。
私は、こういう一連の「愚」は、それこそ故人の供養にならないのではないかと考える。
人の死は、残された者たちに「どうしたら賢くなって幸せな生を生きられるのか?」、もっと言えば
「私は誰なのか?真理とは?」という意識を喚起させてくれる絶好の出来事なのだと私は思う。
何処にいても何をしていても、故人の冥福を祈ることはできる。
墓参りに行くことよりも線香をあげることよりも、もっと重要なメッセージを、故人たちは「あの世」から、
私たちに送ってくれているのかもしれない。
26歳で自殺した彼女は、もし生きていたら36歳のこの夏をどういう風に送っていただろう。
1998年8月16日
そんなこと言ったって、世界なんていつ何処で終わるかわかんないじゃないか。
だから、今のうちなんですよ。ほんとに。
私なんて、世間的に見ればとっくに「世界の終わ」っちゃった男なんですから。まじで。
だって、大学に入ったと思ったら、「精神病」になっちゃって、一応それでも2年間は通ったんです
けどね。毎日、四谷まで・・・。
その前に、1年代々木ゼミナールでまじめに受験勉強してね、やっと受かったのです。
退学するときは、医者は「もったいないなぁ」って言ったんですけど、そんなこと言ったって
しょうがないでしょうが。「ドロップアウト」っていうことですよ。
私は、もったいなくも何にもなかった。「ドロップアウト」もくそもあるもんか、これからは「隠居」だぁ。
と、完全に開き直ってたね。
だって、和尚や、J.クリシュナムルティ読んで、瞑想して「鍛えた」からね。
それでも恥ずかしいけど、「病気」には勝てず、自殺未遂やっちゃったなぁ。若かったんだね。20代の
頃は。
それでも、調子の良いときは独り旅、結構しました。鈍行列車で、行き当たりばったりでユースホステ ルに泊まったりしてね。
それから、あちこちの講演会とか見つけて、ひたすら「勉強」しましたよ。それで、自分の感じたことを
文章にしたりしました。もちろん、いまだに未発表です。手紙も、やたらめったら書きまくりましたね。
それにしても、「世界の終わり」は、いつ何処でやってくるんだろう?
1998年8月19日
実を言うと私は、世界の終わりはもうそこまで迫っているんじゃぁないかと感じるんですよ。
もちろん、よく言われる「世紀末」だからとか、「環境問題」とか少年たちの信じられないよ
うな「犯罪」、あるいは「問題行動」とか、そういうこともあるけど・・・。
要するに、人は、自分が誰か?ということを忘れちまっててね、思考のメカニズムに
ふりまわされて生きてるんだなぁ、これが。
つまり、簡単に言うと、自分がどうしたら幸せになれるかってことを、忘れちまってるというか
わからないんだね。その選択を間違えちゃってるっていうんですかねぇ。
生活のために働いて、その貴重なお金を、やれパソコンだの(私も耳が痛いんですが)携帯
電話だの、ギャンブルだのっていう風に使ってる。
例えばそういった類の「欲望」とかに負けちゃって、結局、自己破産だの不良債権だの、
あるいは「精神障害者」もずいぶん増えているみたいですね。少なくとも昔よりは。
一度家庭を持って家も買って、ローンが何十年ってある人が、病気になって家族崩壊なんて
いう例を、私はたくさん見て来ましたからねぇ。そりゃぁ、もう悲惨ですよ。
そういう意味での「世界の終わり」になっちゃった人は、結構多いですよ。
もしかしたら、あなたも他人事ではないかもしれませんよ。ホント。
それにしても、本当に恐ろしい世の中になって来たと思うのは、悲観的すぎるでしょうか?
1998年8月20日
今日、保健婦のAさんが、様子を見に来てくれた。
Aさんは、20代後半位の、とても綺麗なひとだ。
私は気が付かなかったのだが、母は彼女の結婚指輪を見落とさなかった。つまり、既婚者である。
そんなことはともかく、私の病状がもちろん主な話題だったのだが、話がパソコンやインターネットの
方面に向いたので、私は珍しく饒舌(じょうぜつ)になった。もっともそれも、普段私が何をしているか
ということから、進んだのだが。
彼女も、一応インターネットをやっているとのことだが、それにしてはそれ程詳しくないようだった。
私が自慢げに、自分のパーソナルコンピュータは自作なのだと言うと、けっこう驚いたようだった。
それから、インターネットがいかに危険で、しかも大方のサイトは下らないものばかりであるかを、
私は説明した。
私は、Aさんと出会ってはじめの頃、正直言って「例に漏れず、お役所仕事だなぁ。」などと、あまり
いい印象は持っていなかった。しかし、本当に思いだしたようにだが、彼女が、我が家の様子を見
に来てくれるにつれ、感謝するようになってきた。